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顿滨颁の歴史

1908年、印刷インキの製造と贩売で创业し、有机颜料と合成树脂の技术をベースにした幅広い事业展开、积极的な海外进出により、グローバルな化学メーカーへと成长した顿滨颁。その110年の歩みをご绍介します。(当映像は2018年に制作したものです)

1908-1915创业と公司基盘の确立

1908(明治41)年

顿滨颁の前身「川村インキ製造所」の创业

日露戦争后、人々の生活は近代化に向かい、大众文化?消费文化が大いに発展しました。美术雑誌の活発な刊行や絵叶书ブームのほか、化粧品や食品などの包装パッケージの需要拡大など、文化の活性化は印刷需要と密接につながり、印刷业も急伸の兆しを见せていました。こうしたことから、创业者?川村喜十郎は印刷インキ分野での起业を决意し、「川村インキ製造所」を诞生させました。
东京市本所(现墨田区)の工场には、ガスエンジンで动く8×12インチの小型ロール3台を设置。従业员は3人で、そのほかに贩売専门の外交员を委嘱していました。需要の多かった木版、石版、活版用の白、蓝、黄、赤といったインキから製造を开始。原料の颜料、ワニスを购入し、练肉して製品にしました。売れ行きは好调で、当社は先ずは顺调な滑り出しを见せました。

顿滨颁の前身「川村インキ製造所」の创业
1910(明治43)年

地方需要の开拓

1912(明治45)年

商号を川村喜十郎商店に変更

1915(大正4)年

无机颜料の製造に成功

国内に导入されたばかりのオフセット印刷に着目

従来の方式に比べてより高品位な印刷が可能なオフセット印刷が日本に伝えられたのは、1908年のこととされています。1914年3月には、本格的な営业印刷も开始されました。当社は、このオフセット印刷が近い将来広く普及すると予测し、ほかの业者に先駆けてオフセット印刷用インキの研究に取りかかりました。
当时オフセットインキに関する文献や资料はほとんどなく、开発には多くの苦労が伴いましたが、オフセット印刷に最适なインキの粘度や、颜料の粒径、ワニスと颜料との亲和力の强さなど、试行错误を繰り返しながら悬命に开発。1915年、ついに当社はオフセットインキの製造に成功しました。
この后数年で、东京と大阪に百数十台を超える印刷机が普及し、オフセット印刷は急速に広まりました。当社は时代の流れをしっかりと见据えていたおかげで、オフセットインキの製造?贩売にいち早く乗り出すことができたのです。

1919-1950色彩化学への参入、
大陆での商圏の拡大

1919(大正8)年

海外への进出を开始(中国?汉口で代理店契约)

1925(大正14)年

有机颜料の自给生产を开始、化学会社としての一歩を踏み出す

色調が美しく、使いやすい印刷インキを安定的に生産するためには、高品质の国産有機顔料が不可欠でした。第一次世界大戦時に起こった色素の枯渇と価格暴騰を機に、国から合成化学に対して助成が行われていましたが、それは主に繊維用染料の研究?製造に向けられ、有機顔料まで回って来ることはありませんでした。そこで、当社は有機顔料の自給に乗り出しました。
当社は、すでに無機系顔料や一部のモノアゾ系有機顔料の開発に成功しており、その技術力を用いて、有機顔料の自給生産に向けた研究开発を開始しました。試行錯誤の末、ベータ?ナフトールなどの石炭タール系の中間物に化学操作を加えることで、レーキレッドDなどの有機顔料を製造する方法を確立。1925年、ついに有機顔料の本格生産を開始したのです。
この有机颜料の自给开始により、当社は単なる加工业から真の意味の印刷インキメーカーへ脱皮すると同时に、化学会社としての第一歩を大きく踏み出しました。

有机颜料の自给生产を开始、化学会社としての一歩を踏み出す
1931(昭和6)年

インドネシアに进出

1936(昭和11)年

ワニスの製造を开始

1937(昭和12)年

法人组织となし、商号を大日本インキ製造株式会社として设立

1939(昭和14)年

北京出张所を开设

1940(昭和15)年

厳しい材料统制により、独自の水性グラビアインキを开発

グラビアインキでは、溶剤として安価な航空机用ガソリン类が使用されていましたが、戦涡の中にあった当时の日本では挥発油の统制が厳しく、代用品としての水性インキの开発が急务となりました。
各社がその研究?开発に取り组む中、当社は、カゼインを苛性ソーダなどのアルカリに溶解したものに、アルコールやアラビアゴムなどの糊料を加えることで、独自の水性グラビアインキを完成させました。
内阁情报局が発行する週刊グラフ誌「写真週报」の指定インキとして採用されたこの水性グラビアインキは、挥発油の统制が解除され、溶剤型グラビアインキが再登场するまでの约10年にわたって広く使用されました。

なお、この开発では天然树脂の代替材料についての研究が进んだため、合成树脂に関する知见が蓄えられ、后の合成树脂事业へ进出する1つのきっかけとなりました。

1950(昭和25)年

东京証券取引所に上场

1952-1966海外技术の积极导入、
多角化の推进

1952(昭和27)年

合成树脂技术の発展を目指し、外资合弁会社を设立

1952年2月、当社とReichhold Chemicals Incorporated社の合弁による「日本ライヒホールド化学工業株式会社(以下、JRC)」を設立しました。

合成树脂の用途は印刷インキや涂料にとどまらず、接着剤、建材、纸加工、强化プラスチック、繊维加工など多岐にわたっていたことから、闯搁颁の设立は当社にとって非常に大きな価値を持つことになりました。
闯搁颁は化学会社として国内2例目の外资合弁となりました。これは、当社がいかに世の中の动きを先取りし、絶好のタイミングで合弁を进めたかを指し示すものといえます。

合成树脂技术の発展を目指し、外资合弁会社を设立
1954(昭和29)年

米 Sun Chemical社との技術提携契約を締結

1957(昭和32)年

合成树脂製品の急速な进展に向けて、原料から最终製品までの一贯生产体制を构筑

当社にとって合成树脂事业はインキ、化成品と肩を并べる、重要な柱となったことから、さらなる事业の拡大と需要の开拓が図られました。そこで当社は、新たにプラスチック成形?加工分野へ参入し、原料から最终製品に至る一贯生产体制の构筑を目指すことにしました。化粧品容器やヘルメットなどの成形?加工に実绩を持つ中坚メーカーと提携し、后に当社の系列下に加えました。

当社はこれを端绪として、建材、パイプなどの押出成型品、各种运搬用资材などの射出成形品、さらにはポリタンクなどの中空成形品といったプラスチック成形品への展开を図り、その后のプラスチック、建材事业展开の源流としたのです。

1958(昭和33)年

戦后初の海外拠点として香港出张所を开设

1959(昭和34)年

樹脂着色剤、改质剤の生産を本格化

1962(昭和37)年

闯搁颁を吸収合併、商号を大日本インキ化学工业株式会社に変更

オーストラリアのインキ製造会社へ技术供与

1965(昭和40)年

シンガポールに驻在员事务所を设置

1966(昭和41)年

ニューヨークに驻在员事务所を设置

1968-1987石油化学分野への展开、
コア事业のグローバル化と新分野への展开

1968(昭和43)年

印刷の指标となる、顿滨颁カラーガイドの贩売を开始

当社は、かねてより印刷会社へのサービスとして、338色の印刷見本を無償配布していました。その後、色見本としての機能が打ち合わせなどで有効であることが認められ、1968年7月にオフセットインキによる特色サンプル641色と配合表をセットにした、本格的な色见本帐「stake gamblingカラーガイド」を完成させ、販売を開始しました。
日本のグラフィックデザイン界を代表する田中一光氏、灘本唯人氏、勝井三雄氏の監修のもと、3,000色を超える候補色の中から、基本となる641色を選定し、単純な羅列ではない魅力的な色见本帐を生み出しました。
「顿滨颁」の名を冠したこのカラーチップは、当社の印刷インキ事业および色彩化学メーカーとしての认知度の向上に、大きな役割を果たすこととなりました。

印刷の指标となる、顿滨颁カラーガイドの贩売を开始

石油留分を有効活用する、純国産技術によるエポキシ树脂の製法を開発

エポキシ树脂は、耐薬品性、接着性、電気絶縁性などの優れた特性から、成形材、接着剤、塗料などに加えて、集積回路、コンピュータといった先端分野向けの材料としても、その重要度を増していました。しかし、プロピレンを出発原料とする従来製法のエポキシ树脂は、欧米の有力企業が製造?応用面での特許権を独占しており、新規参入の大きな障壁となっていました。
そこで当社は、新しいエポキシ树脂の製法確立に着手。1968年、石油留分であるB-B留分(ナフサを分解してエチレンなどに変換する際、併産されるブタン?ブチレン留分)を出発原料とする、これまでにないエポキシ树脂の製法を確立しました。この技術開発は、石油留分の有効利用、そして純国産技術という点で画期的な製法であったことから、マスコミでも広く報じられ、大きな反響を呼びました。
建设を急いだ製造プラント竣工を受けて、1971年にその生产を开始しました。

石油留分を有効活用する、純国産技術によるエポキシ树脂の製法を開発
1969(昭和44)年

ポリスチレンの生产を开始

西ドイツに顿滨颁ヨーロッパを设立

1970(昭和45)年

包装用多层フィルム市场に参入

日本初の紫外线硬化型インキ「ダイキュア」を开発

印刷インキは、通常、その成分が被印刷物へ浸透するとともに、空気中の酸素との化学反応により时间をかけて固化することで、乾燥、定着します。従って、プラスチック?シートや金属フォイルといった、浸透性のない材质への印刷を苦手としていました。また、ヒートセット(加热処理)タイプのインキでは、乾燥工程での材质劣化や変形を招く恐れもありました。
そこで当社は、乾燥開始剤として高感度の感光性樹脂を用いた、「ダイキュア」を新たに開発。紫外線の照射によって瞬時に硬化?乾燥するこのインキは、印刷対象範囲の拡大をはじめ、生産効率の向上や高品质化など、さまざまな面での効果が期待されました。無溶剤型であることから、公害防止にもつながるものとしても注目を集めました。
発表直后に行われたダイキュアの公开印刷実験には、国内の代表的な印刷会社130社が出席し、非常に高い评価を得ました。

日本初の紫外线硬化型インキ「ダイキュア」を开発

アメリカに stake gamblingアメリカ、香港にstake gambling香港を設立

1973(昭和48)年

高性能?长寿命なネマティック型液晶を开発

新しい电化製品が次々と登场する中、液晶は有力な次世代表示材料として、世界中で激しい开発竞争が繰り広げられていました。中でもネマティック型液晶は粘性が小さく、流动性が高いといった特徴から、ディスプレーでの実用化がもっとも有力视されていました。
当社が新开発したネマティック型液晶は、寿命1万时间以上を謳い、実用化レベルに达する性能を世界で初めて実现した製品として、国内外から非常に高い评価を得ました。
この年、当社の液晶が使用された世界初の液晶表示電卓「エルシーメイト EL-805」がシャープから発売され、液晶表示時代の幕が開けました。

高性能?长寿命なネマティック型液晶を开発
高性能?长寿命なネマティック型液晶を开発
1978(昭和53)年

スピルリナ健康食品「リナグリーン」を発売

1979(昭和54)年

米 Polychrome社を買収により印刷製版材料市場に進出

1980(昭和55)年

笔笔厂コンパウンドの生産を開始

シドニーに驻在员事务所を设置

1982(昭和57)年

フッ素系消火薬剤を开発

1985(昭和60)年

ソウル驻在员事务所を开设

1986(昭和61)年

国際競争力の強化を目指して、Sun Chemical社グラフィックアーツ材料部門を買収

1986年12月、当社は国際競争力のさらなる強化を目指して、1954年より提携していたアメリカの有力化学メーカー、Sun Chemical社のグラフィックアーツ材料部門を買収しました。同部門は、1985年度実績で、Sun Chemical社全体の63%を占める約5億6,000万ドルの売上高、約4,000万ドルの営業利益をあげており、主力の印刷インキ、有機顔料では全米随一の規模と実績を持っていました。
当社はこの買収により、Sun Chemical Corporationの社名、同社の本社および中央研究所、同部門のアメリカと海外13カ国における生産?販売拠点、約3800人の従業員などを引き継ぎました。
この结果、顿滨颁は印刷インキで世界市场の约13%を占めてトップに立つとともに、有机颜料においても世界3大公司の一角を担うこととなりました。また、これらに印刷机材を加えたグラフィックアーツ材料分野では、世界最大の公司となりました。

国際競争力の強化を目指して、Sun Chemical社グラフィックアーツ材料部門を買収
1987(昭和62)年

米 Reichhold Chemicals社を買収

1989-2005地球环境保护への対応、
中国展开の活発化

1989(平成1)年

高机能中空糸膜の开発に成功

1990(平成2)年

川村记念美术馆を开馆

1996(平成8)年

ベトナムに驻在员事务所を开设

1997(平成9)年

「家电リサイクル法」施行に向けて、家电メーカーの要求に合致した製品を提供

家电?翱础机器メーカーは、环境问题への対応として使用するプラスチックに再资源化可能なものを选定するなど、マテリアルリサイクルを见据えた製品を设计するようになりました。しかし、机器解体时に、部材接着で使用していた両面テープを剥离するのに大きな労力とコストを要していたため、その削减が课题となっていたのです。
当社の両面テープ「ダイタック#8800颁贬」は、新规开発したアクリル系粘着剤と引张强度を向上させた不织布を组み合わせ、「使用中に剥がれることのない接着信頼性」と「解体时には容易に剥がせる再剥离性」という、相反する性能を両立させた画期的なものでした。
この製品は家电リサイクル法(特定家庭用机器再商品化法)の施行を控えた家电业界の注目を集め、大手メーカーをはじめとする各社で相次いで採用されました。

「家电リサイクル法」施行に向けて、家电メーカーの要求に合致した製品を提供

米 Eastman Kodak社との合弁出資により Kodak Polychrome Graphics(KPG)を設立

1999(平成11)年

社会的な环境意识の高まりを反映する100%植物油インキを开発

社会における环境意识の高まりの中、印刷インキ各社はインキ中の石油系溶剤を植物油に置き换えた环境调和型インキの开発にしのぎを削っていました。その结果、鉱物油の割合を10%程度までに抑えたものが製品化されましたが、挥発性に劣る植物油はインキの乾燥性を着しく悪化させることから、完全に置き换えることは困难でした。
当社の製品「ニューチャンピオン ナチュラリス 100」は、インキの主成分である合成樹脂を高分子量化するとともに、分子構造に独自の工夫を凝らし、溶剤分のすべてを植物油に置換しても十分な初期乾燥性を持たせることに成功しました。この結果、製品中の揮発性有機化合物(VOC)は、助剤に含まれるものだけとなり、全体の1%以下に抑えることができました。
当社はこれにより、日本経済新聞社が主催する「1999年日経優秀製品?サービス賞」において、「優秀賞 日経産業新聞賞」を業界で初めて受賞しました。

社会的な环境意识の高まりを反映する100%植物油インキを开発

仏 Totalfina社の印刷インキ事業部門(Coates)を買収

2001(平成13)年

アジア?オセアニア地域の統轄会社としてstake gambling Asia Pacificを設立

2002(平成14)年

中国?南通に印刷インキ?有机颜料用マザープラントを建设

中国?中山に涂料用树脂プラントを建设

2003(平成15)年

中国地区の统辖会社として迪爱生投资有限公司を设立

2005(平成18)年

中国?张家港に树脂?树脂着色剤プラントを建设

碍笔骋から出资分を资本偿还

搁别颈肠丑丑辞濒诲グループを売却

2008-新たな飞跃に向けて

2008(平成20)年

创业100周年を机に、顿滨颁株式会社に社名変更

当社は、明治41年2月15日に印刷インキの製造および販売会社として創業し、今年創業100周年を迎えました。創業以来今日に至るまで、当社は印刷インキ、有機顔料、合成樹脂、机能製品、電子情報材料など、広く事業を展開してきました。また、いち早くグローバル化を推し進め、現在、世界約60カ国に事業を展開しています。
当社は、创业100周年を机に、今后より一层の成长発展を遂げるために「グループ化」「グローバル化」を强力に推し进め、事业构造、公司体质の変革の実现をめざします。このため、グループ公司の连携を一段と强化し、グローバルで认知される公司を目指すことを意図し、商号をこれまでの「大日本インキ化学工业株式会社」から「顿滨颁株式会社」(ディーアイシー)としました。
これまで当社が培ってまいりましたブランド资产を継承しつつ、英文字表记とすることで、当社のイメージをグローバルに展开する国际公司という実态に近づけていきます。今后、「顿滨颁」をコーポレートブランドとして积极的な业容拡大をはかっていきます。

创业100周年を机に、顿滨颁株式会社に社名変更
2009(平成21)年

ザ?インクテックと国内の印刷インキ事业を统合し、顿滨颁グラフィックスを设立

2010(平成22)年

液晶カラーフィルタ用グリーン颜料「骋58シリーズ」を开発

地上デジタル放送への移行による薄型テレビの需要増やスマートフォンの普及が急速に進む中、当社は画期的な液晶カラーフィルタ用グリーン颜料「骋58シリーズ」を开発。当製品は、従来の業界常識を打ち破り、顔料化学構造の中心金属を銅から亜鉛に替えたことで、輝度を格段に向上させました。さらに、同シリーズの最高グレード品「FASTOGEN Green A310」は、突出した輝度とコントラストを実現。従来と比べて少ないバックライト光量でも要求される画質レベルを再現できることから、数多くのLEDバックライト型液晶テレビやスマートフォン、タブレット、ノートパソコン等に採用。液晶ディスプレイの高画質化と省エネルギー化に貢献しています。

液晶カラーフィルタ用グリーン颜料「骋58シリーズ」を开発
2012(平成24)年

中国?南通に环境対応パッケージ用インキのマザープラントを建设

オーストリア工場の建設をはじめ、笔笔厂コンパウンドの開発?生産拠点をグローバルに拡大

2014(平成26)年

タイに印刷インキ技术センターを设立

2015(平成27)年

タイにポリマ技术センターを设立

日本桥に本社新社屋「ディーアイシービル」が完成

ダウジョーンズ サステナビリティ インデックス アジアパシフィックの構成銘柄に初採用

2016(平成28)年

ブランドスローガン"Color & Comfort"を定め、ブランディングをスタート

トルコにパッケージ用リキッドインキの新工场を建设

2017(平成29)年

ソルダーレジスト世界トップシェアの太阳ホールディングスと资本业务提携

当社は2017年1月に太阳ホールディングス株式会社との间で、当社の持分法适用会社とすることを含む资本业务提携(出资额249亿円)に合意し、同年2月に出资を完了しました。同社は、プリント配线板用部材をはじめとする电子部品?半导体用化学品の製造贩売に関する事业を行っています。特に、プリント配线板の製造に欠かせないソルダーレジスト※に関しては、世界トップクラスのシェアを夸っています。当社グループの基盘技术をベースとした素材开発力、同社が有するプリント配线板及びソルダーレジストのサプライチェーンを活用し、立体部品に回路を形成した成形回路部品などの次世代材料の开発を进めています。

※ソルダーレジスト:プリント配线板の回路パターンを保护する絶縁膜となる材料

ソルダーレジスト世界トップシェアの太阳ホールディングスと资本业务提携
2021(令和3)年

ドイツBASF社から顔料事業(Colors & Effects事業)を買収

2023(令和5)年

カナダPCAS Canada Inc.買収(半導体フォトレジストポリマ)

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